GくんBlog

アクセスカウンタ

zoom RSS 憲法 護憲派も改憲派も「誤憲派」

<<   作成日時 : 2017/01/21 19:59   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 9

<憲法 護憲派も改憲派も「誤憲派」>
1(はじめに)
思うところあって、これを書くことにしました。憲法第9条第2項(→下記条文参照)の後段に、”国の交戦権は、これを認めない”< があるから、日本国は独立国家ではなく、本来あるべき国家の”主権”が制限されているとの解釈が一部にはあるようだ。この解釈には明確に異論を唱えておきたい。

2(憲法第9条の運用の変遷)
憲法第9条は解釈の変遷があり、1947年の憲法制定時のGHQ及び日本政府※1の解釈は、自衛権も否定していました。その後、朝鮮戦争(1950年6月〜1953年7月)が勃発し東西冷戦時代になると、政府は解釈を変更して警察予備隊が創設されました(1950年8月)。この1950年8月の政府の解釈変更により、自衛権は国家の自然権※2(国家固有の権利)であり、憲法典で否定されていないという解釈になりました。爾後、「自衛隊」を保有し自衛戦争がありうることが認められました(1954年7月)。出典:下記書籍2‐112頁〜。
このように制定時の憲法典第9条は、自衛権を想定していなかったので、自衛権の内容(具体的にはその範囲)については、もっぱら”解釈”により立法することができるという運用になりました。自衛隊法・防衛省設置法などがそれです。

※1 憲法第9条については、1947年(昭和22年)の制憲時は自衛権も否定していました(吉田茂首相国会答弁)。
※2 国連憲章第51条では;個別的・集団的自衛権の双方を”固有の権利”と規定する。また、憲法第98条第2項では、確立された国際法規は遵守ともあります。

3(交戦権は否認されているのか!?)
最後に、憲法第9条2項後段にある”交戦権の否認”は、文字どおりまったく交戦する権利がないのか!?そうではないだろう。純粋に自衛権の範囲内(国家国民を護るため・侵略戦争のためはダメ)でなら、侵害国・侵害勢力(テロもありうる)に対して、その範囲内での交戦権を行使しないと何のために「自衛権」を自然権として認めたのかわからなくなってしまう。自衛隊・防衛省は明日にも解散すべきだ。1のような解釈は、自衛権は憲法条文に自衛権を規定していなくても自衛権は、自然権なので当然有するとした上記2運用にも反する。

−−−−−

日本国憲法第9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

【関連外部リンク】<-尖閣480年史-いしゐのぞむブログ>護憲派宣言!改憲に反對します 改憲すると逆に尖閣を防衞できなくなる

いしゐ氏は、憲法(特に第9条)は自衛権(の範囲)を規定していないので、憲法(条文)改正不要との立場です。管理者Gの本記事スレッドの表題ですが、Gは今の護憲派だけが誤憲派と考えていましたが、いしゐ氏は今の改憲派も誤憲派だとします(笑)。ゆえに表題を<護憲派も改憲派も「誤憲派」>とした次第です。要するにいしゐ先生もGも、条文は今のままでいいから「やれることをやれ」という立場だ。

【関連前記事】<憲法 管理者Gの護憲派宣言>

【主な参考書籍】
1 岩波ブックレット『集団的自衛権』
元内閣法制局長官阪田雅裕氏など反対派3人の方の執筆によるもの。
2 畠基晃『憲法9条 研究と議論の最前線』


尖閣反駁マニュアル百題
自然食通信社
いしゐのぞむ
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 尖閣反駁マニュアル百題 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


−−−−−

【関連後続記事】<憲法 交戦権は否定されているのか?>
02・11に上記本文での論点を、憲法第9条第2項の「交戦権」を中心に、参考書籍を調べ整理してみた。調べて見てわかったことは、今の憲法解釈(特に政府の)は誤魔化しが多いことだ。交戦権の定めの解釈がその典型例だ。後続記事を参照されたい。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
憲法9条は、人によっては人類の英知と崇める人もいればマッカーサーのラクガキとこき下ろす人もいます。歴代の政府解釈も自衛すら否定する時もあれば核武装も可能と解釈できる時もありました。それくらい憲法9条はいい加減なものということでしょう。

憲政史家の倉山満氏にならい、私も条文いじりは最後でいいという考えです。自衛隊か国防軍かという名前もどうでもいいです。まずは出来ることからする。
ポジティブリストからネガティブリストへ。
GDP比2%の予算をつける。
軍法を整備する。
こうして軍隊がまともに動けるようになれば、憲法の条文は「天皇は日本国軍を統帥する。」の一文で済みます。
会社員(30)
2017/01/22 23:28
会社員(30)さんがおっしゃるように、GHQと制憲時(昭和22年)の日本政府は、自衛権も否定していました。それを踏まえて記事本文をもっと端的にいえば、日本政府は、1950年(昭和25年)8月に自衛権を認めたわけですが、そのなかには自衛戦争のための”交戦権”もはいっていると解釈せざるを得ません(→本文3。侵略戦争・国際紛争解決のためのは元々ダメ)。まぁー!今でも自然権として認められた自衛権の”範囲”については、与・野党をはじめ世論でも議論があるわけです。与党は広く、野党は狭くないしは自衛権そのものを否定したい(笑)。

上記リンク先いしゐ先生は、憲法の条文改定をしたら、自衛権の範囲を制限する定めがはいる(改悪)として、いわゆる「改憲」にも反対です。その視点はGにはなかったのですが、今はそれにも賛成しています。ゆえに表題タイトルとした次第です。

それと、本文1の国家の主権が制限されている・・云々は、「戦後レジーム」と密接に関連していて、それが国内の制度上のもの(憲法の条文)なのか、対諸外国との関係上のものなのか混同しないようにすべきと考えます。もちろん前者ではあり得ませんから、後者を脱却していくように日本国としては国際社会で努力していくべきと考えています。最近チャイナ(中国)は、SF条約体制での米国主導の今の「戦後レジーム」には満足していないようです。

会社員(30)さん後段の、条文いじりは後でいい(改悪の危険性アリ)<出来ることからやれ< いしゐ先生とも同じで大賛成です。最後の、「天皇は日本国軍・・< は、それなりの法整備がなされれば、日本は立憲君主制ですのでその表現でいいと思います。何かの機会でご教授お願いいたします。
管理者Gくん
2017/01/23 17:18
有難うございます。極論すれば、改憲は「限憲」だといった議論すらも必要ないくらゐです。世間の話題の中心は尖閣史と、琉球を統治した日本史、この二つでなければいけません。私の願望は「忘憲」です。ついでに忘韓も。
いしゐのぞむ
2017/01/23 19:42
ハハハwww! 最後の所、笑わせますね。いしゐ先生!

すぐ上の会社員(30)さんへのお返事のところの中ほど(上記リンク先いしゐ先生・・)にも書きましたが、以下が重要だと思います↓。

注目点は、条文の「改憲」をすると当然有しているはずの「自衛権」の範囲を制限する定めがはいるとして、「改憲」にも反対しています(いしゐのぞむ氏)。そのような視点はGにはありませんでした。さすがにそういわれると「改憲」には反対せざるを得ません。
管理者Gくん
2017/01/23 20:06
こんばんは。
いろんなお考えがありましょうがね・・・。
現行憲法でも自衛戦争はできます。しかし敵地先制攻撃はできません。自衛隊にも長距離爆撃機とかそのような装備はありません。これじゃ自営戦争にも負けるのです。
憲法制定には日本を二度と立ちあがらせないようにGHQも仕込みをしたが、開戦に大きくかかわったコミュンテルンも仕込まないはずはありません。それで憲法の一言も変えられずに70年経過しました。政治家は最近になって改憲を語ることができるようになり、なんとか改憲の機運が高まってきました。ここに至って、あくまでも私から見れば珍説が出てきても、結果、改憲に水を差す、改憲阻止にしかなりません。
一番手っ取り早いのは9条2項の削除です。核兵器保有の100倍近隣諸国に対する抑止力になります。弱腰外交からも脱すことでしょう。

教育の場で平和教育はしても国防や国家の安全保障まで教えられないのが現行憲法です。それでいい、という人はそれでいいでしょうが、私は我慢なりません。日本や日本人の在り方の問題です。
このようなどこの国でもやっていそうなことを言えば、現行憲法下では戦争美化、賛美、極右、軍国主義者と非難されるのです。そんな世の中で果たしていいのだろうか。「そんな世」、とはそんな国の法体系下の世界としか言いようがありませんが。日本の長い歴史上、この憲法だけはダメです。

異議を唱えるとかいうのではなくて、好き放題言わせていただけであり、議論にはなりませぬゆえ返信に対する返信は致しません。笑止ください。

花渡川 淳
2017/01/25 20:00
重要なことです。独り言のようになりますが言わせて頂きます。

憲法9条は改正出来ません。
もちろん出来るなら改正した方が良いですが、103条の条文の中で最も改正が困難なのが9条です。
安倍政権になって政界では保守派が多数に見えますが言論界、一般社会ではごく少数。都知事選で田母神氏を担ぎ上げて惨敗したチャンネル桜やいまの日本の心党を見れば、国民が9条改正に興味のないことは明らかです。
大阪で圧倒的多数を占めた維新の会ですら大阪都構想の住民投票で敗れました。あの二の舞になるのが見えています。国民の意識を変えるというのはそれほど難しいのです。理想論では出来ません。

ただ単に憲法改正の前例を作りたいだけであれば一番手っ取り早いのは7条4項です。

現行憲法でも敵基地先制攻撃は可能です。1956年の鳩山一郎内閣の答弁で証明されていますし、小泉内閣での石破大臣もこれを踏襲しています。
問題は9条の条文ではなく自衛隊にその装備と予算、国民の理解が無いことです。

憲法論議で重要なのは条文いじりではなくその運用です。
「憲法習律」と言いますが、例えば戦争放棄(3大原則の1つ)や非核三原則、村山談話、小泉氏の不戦の誓いなど、憲法条文ではないが国のあり方として定着したものです。これらを変えていくことが先決であり、逆にこれらを変えられれば9条など骨抜きに出来るのです。

百年河清を俟つのではなく今出来ることからやる。条文いじりは一番最後です。
会社員(30)
2017/01/26 07:04
うさぎ屋オーナー花渡川さん、こんばんは!
一 前提としてひとつ片付けておきます。自衛戦争はできるが、”先制攻撃はできない”。そういうことはありません。自衛は危機管理ですから想定外は許されません。相手の一発目の攻撃でこっちが滅んでしまったり・反撃不能に至るばあいは、自衛のための交戦権は、”応戦権”だけではありませんから交戦できます。座して死を待つわけにはいきません。前提です。

二 制憲時の9条1項2項は、自衛権も否定していました(GHQと吉田首相国会答弁)。それを、1950年8月に条文を変更することなく、自然権に基づく自衛権は有するとされました(昭和25年8月・畠基晃書籍2‐112頁〜)。著者は、東大法から参議院憲法調査会の事務局主査を務めその議論を書籍にしたものです。国会での生の議論を経て著された信頼できる文献です。9条2項後段の交戦権・・は、そのことを踏まえて解釈しなけばなりません。制憲時には、自衛権もナシでしたから、当然2項の交戦権は、まったく100%交戦権を否定していました。しかし条文変更ナシで、解釈を変更したわけですから、この交戦権は”自衛のための”交戦権は、可能と読まなければ、明日にも自衛隊と防衛省は解散しなければなりません。交戦ですから、応戦だけでないことはもちろんです(→上記第一項目)。それと9条の1項と2項は、自衛権も否定していましたから、憲法典に自衛権を制限する文言は当然ありません。昭和25年8月の解釈変更後の自衛権の”範囲”は、もっぱら解釈によります。
管理者Gくん
2017/01/26 19:54
三 9条2項削除も、今となっては制憲時の意味(自衛権ナシ)と異なっていますので、さしたる効果はありません。やらないよりはマシかも知れませんが、自衛権を制限する規定でない以上削除の効果は”限定的”です。世論からの反対論も続出すると思います。花渡川さんが、おっしゃるように今の防衛法体制は、必要以上に自衛権を制限する法体系です。それは現実ですが、それは憲法上存する自衛権を制限する規定に基づくものではありません。自衛権は憲法典上に表れませんから、いまの必要以上の自粛はこれから改めていく将来の課題であることは間違いありません。野党は自衛権を制限したいし、自衛権そのものを否定している政党もあります。世論が自衛権の強化に舵を切ることにも現状では期待できません。現実には今の法体系を微調整していく程度が関の山でしょう。

以上三点から、結局本文記事の項目1〜3の結論に戻ります。会社員(30)さんへの返信は後ほどいたします。
管理者Gくん
2017/01/26 19:55
会社員(30)さん、01/26 07:04コメありがとうございます。投稿の上から順番に。花渡川さんの返信項目三にも書いたのですが、当初制憲時は、GHQの意図・吉田首相国会答弁のとおり9条1項2項は、自衛権をも否定した条文でした。しかし昭和25年8月に条文を変えずに自然権として「自衛権」を認めました。したがって、自衛権は、憲法典9条1項2項の枠外で復活しました。今の9条1項2項は、侵略戦争・国際紛争を解決する手段としての交戦権などを否定するものです。簡単な理屈です。

現行防衛法体系は、自衛権を過度に自粛した(憲法9条1項2項の制限ではありません)法体系です。政府・国民にやる気があれば、もっと「できることをやれる」余地はあります。それをせず条文改正(削除も同じ)は無意味です。繰り返しますが今の条文9条1項2項は、自衛権は制限していません。もちろん2項後段の交戦権は、自衛権の行使以外の交戦を禁止するものです。

しかしこの問題、「戦後レジーム」と密接に関連していて花渡川さんなどは、それを国内法的(憲法典も国内法です)な制限と理解しているものと推定しています。国内法的な制限ではなく、対戦勝国など対諸外国との関係上のものと理解すべきと考えます。これからの日本国は、それを脱却していくように国際社会で努力していくべきと考えています。そうではなくて、いまの9条1項2項を、GHQの押し付け”屈辱”によるものだと考え、改正・削除するとする考え方は改憲派の方々に確実にあります。何度もいいますが、この条文の削除はもはや「自衛権を否定している条文」ではないので、その効果は限定的さらにいえば無意味と考えています。(この議論をまとめることを考えています)
管理者Gくん
2017/01/27 17:54

コメントする help

ニックネーム
本 文
憲法 護憲派も改憲派も「誤憲派」 GくんBlog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる