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zoom RSS 憲法 交戦権は否定されているのか?

<<   作成日時 : 2017/02/11 19:15   >>

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<憲法 交戦権は否定されているのか?>
1(憲法第9条の運用の変遷)制憲時〜自衛隊創設まで
憲法第9条は解釈の変遷があり、1947年の憲法制定時のGHQ及び日本政府※1の解釈は、自衛権も否定していました。その後、朝鮮戦争(1950年6月〜1953年7月)が勃発し東西冷戦時代になると、警察予備隊が創設されました(1950年8月)。爾後、「自衛隊」を創設し自衛戦争がありうることが認められました(1954年7月)。この1954年7月の政府の解釈変更により、自衛権は、国際法上主権国家固有の権利※2であり、憲法典で否定されていないという解釈になりました(政府統一見解※3)。出典:下記書籍2‐112頁〜。

※1 憲法第9条については、制憲時は自衛権も否定していました(1946年6月26日衆議院での吉田茂首相の国会答弁)。
※2 国連憲章第51条では;個別的・集団的自衛権の双方を”固有の権利”と規定する。また、憲法第98条第2項では、確立された国際法規は遵守ともあります。
※3 1954年12月22日衆議院予算委員会での鳩山内閣大村防衛庁長官の説明

2(自衛権の根拠)
自衛権は、19世紀ころから生じた考え方で、、先ず「国際慣習法上の自衛権」として生じた。その後、不戦条約(1928年)制定時に自衛権という概念が明確に生じ、主権国家固有の権利としての「国際法上の自衛権」として定着した。そして、戦後1945年国連憲章第51条で明文化され、現在に至っています。日本国憲法は、制憲時はGHQの意向でこの自衛権を9条2項を根拠に否定していました(次項3の「2項全面放棄説」)。爾後、警察予備隊〜自衛隊創設時に「自衛権」概念を国際法から輸入して、自衛隊・防衛庁を創設しました(1954年7月)。

3(主な学説)
「2項全面放棄説」と「限定放棄説」がある。前者「2項全面放棄説」は、制憲時にGHQの意向と当時の政府(吉田首相国会答弁)が採っていた解釈だ。簡単にいうと、9条1項で自衛権の放棄を留保したが、2項で戦力の不保持と交戦権の否認を宣言した結果、自衛権も放棄したんだという解釈。後者「限定放棄説」は、警察予備隊〜自衛隊創設時に、採られた解釈で、「自衛権」は、国際法上主権国家固有の権利であり、憲法でも否定されていないという解釈です。
両学説の問題点は、自衛権を認めた場合、憲法典の条文を変えずに、自衛権とその行使のための戦力と交戦権が認められるかという難題に直面する。なぜかというと制憲時は、”自衛権も認めていない”という前提で条文を作ったからだ。後付けで自衛権を認めようとするとどちらの説も解釈に不自然さが生じる。

4(政府の解釈とその運用)
では、我が政府はどの説を採用しているのだろうか!?気になる所です。現在の解釈とその運用は、直截に後者の解釈(限定放棄説)を採らず、前者の解釈「2項全面放棄説」を修正して、自衛権を認めて、実際に自衛隊を運用しよう、としているようだ。すると2項前段には、冒頭”前項の目的を達するために”という留保文言がはいっているが、その文言は2項後段の”国の交戦権は・・・”にはかからない、とされているのが通説だ。すると交戦権はまったく(100%)否認されているのかという疑問が当然に生じる。以下、次項でその結論を述べる。

5(交戦権の現状)
「交戦権」とは、文字どおりの意味の”戦いを交える権利”とする考え方ともう少し狭く限定して”交戦国に国際法上認められる権利”とする考え方があるが、後者が通説だ。前者の意味と誤解しやすいがこの両者の区別はそう重要ではないと管理者は考える(どっちでもそう結論は変わらない)。条文がある以上最も自然な解釈は、自衛権の行使以外の交戦権を否認したものであるとの学説もある※4。政府の解釈は、これと似ているが異なる。政府は、自衛権を行使する場合には交戦権類似の「自衛行動権」を有するとします※5。わかりにくい概念だが、国際法上有するとされる本来の意味の交戦権を、自衛権の範囲に圧縮した準交戦権といえそうだ。

※4 書籍2-89頁「限定放棄説」 
※5 書籍2-89頁「2項全面放棄説」の修正。外部リンク<防衛省・自衛隊:憲法と自衛権>

6(管見と今後の展望)
以上、憲法典の交戦権を中心に、自衛権の根拠と政府によるその運用の変遷も紹介した。この国際法上の概念「自衛権」を輸入して、自衛権を肯定したのにも関わらず自衛権を過度に自粛した運用が現実だ。これを憲法上の制約と考えるのか、1954年7月に憲法典で否定されていた「自衛権」を条文(9条)を変えずにその復活を認めたのだから、9条2項が自衛権の範囲を制約する根拠となり得るのか!?との疑問も当然生ずる。
9条1項2項は;主権国家固有の権利とされる「自衛権」の復活を認めた以上侵略戦争※6を禁止する規定とも読めるからだ(3の「限定放棄説」)。そうであるなら、ことさら条文を改定する必要もない。国民の大多数のコンセンサスが得られるなら、いまの不自然な条文(→3主な学説)を改定してもいいだろう。しかし、それより先に防衛法体系を国土防衛に直結する実質的な運用に変えて行く方が近道と考えるがどうだろうか。

※6 「国際紛争を解決する手段としては」とは、国際法上の用例では侵略戦争を意味するとされる(書籍2−68頁)。

−−−−−

日本国憲法第9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

政府の「武力の行使」の新三要件(出典<防衛省・自衛隊HP:憲法と自衛権>)
◯ わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
◯ これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
◯ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

関連前記事】<憲法 護憲派も改憲派も「誤憲派」>

【主な参考書籍】
1 佐藤幸治『憲法』(第三版)
2 畠基晃『憲法9条 研究と議論の最前線』
国会・参議院の議論をまとめたもの。
3 岩波ブックレット『集団的自衛権』
元内閣法制局長官阪田雅裕氏など反対派3人の方の執筆によるもの。

【外部リンク】
日本国憲法第9条 - Wikipedia
防衛省・自衛隊:憲法と自衛権

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
結局のところ、自衛権の解釈は歴代の内閣ごとにバラバラなのだと思います。集団的自衛権を個別的自衛権から切り離し「持っているが行使できない」などという解釈が生まれたきっかけも、振り返れば内閣法制局長官が変わったから、というだけです。解釈改憲そのものです。

「安倍は歴代内閣が積み重ねてきたものを勝手に解釈改憲した」と批判していた連中はいかにいい加減なことを垂れ流していたか分かります。
会社員(30)
2017/02/16 21:55
会社員(30)さんの後段から、「解釈改憲」いろんな意味で使われますが、その萌芽は、警察予備隊創設の1950年8月でした。これはGHQの指示に基づくものです。憲法はGHQが作文して勝手に解釈を変えた(笑)。

前段ですが、今回はわざと集団的自衛権には触れませんでした(話しが複雑になるので)。ご指摘のように事実上政府の憲法解釈を独占していたのは、内閣法制局でした。その一角を崩したのが民主党政権で法制局長官に答弁させず、憲法解釈の担当大臣(枝野官房長官)をおきました。これがブーメランでしたね。

本投稿を機に本文を補足しますと、前記事を書いてからまた参考書籍を図書館から借りて、調べなおして上記記事を書きました。やはり表題テーマの「交戦権」ですが、うさぎ屋オーナー花渡川さんのいうこと「交戦権がない」ももっともだと思いました。調べた結果の結論は、上記項目5(交戦権の現状)になるのですが、条文を「2項全面放棄説」にしたがって読むと、”交戦権がない”と読むことが素直です。それを政府解釈は、憲法典に出て来ない「自衛行動権」で説明しようとしています(※5の部分)。この※5の政府解釈は、誤魔化しだと思います。この自衛行動権は、自衛権の範囲に圧縮された準交戦権と考えられないこともないですが詭弁です。
管理者Gくん
2017/02/17 17:27

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