GくんBlog

アクセスカウンタ

zoom RSS 憲法 長谷部恭男教授VS篠田英朗教授

<<   作成日時 : 2019/04/12 22:23   >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

<憲法 長谷部恭男教授VS篠田英朗教授>
19・4・11のアゴラの記事に、篠田英朗「長谷部恭男教授は、いつから「War Potential」を語り始めたのか」(→外部リンク1)と題する記事があった。
一(その論争点の紹介から)
このWar Potentialとは、憲法第9条第2項の”その他の戦力”の「戦力」のことをいう。筆者篠田氏によると「戦争潜在力」とも訳されている。総司令部(GHQ)作成の英文にも、War Potentialとして使われているから、この用語は、重要で法源となり得る。筆者は、常々憲法第9条は、国際法に基づいて解釈すべきで、総司令部も、国際法に基づいて憲法草案を起案作成しているという。
9条第1項は、憲法を勉強しているかたなら、その趣旨はお判りでしょう。問題は、第2項にあることがすでにわかっている(→前記事1)。その問題とは、第2項の「戦力」(War Potentia」)と「交戦権」の意味するところだ。従来の解釈は、国際法に基づく第1項の理念はあるけれど、それを第2項の”戦力の不保持”と”交戦権の否認”で、自衛戦力も否定していると読んでいた(=政府の有権解釈もほぼ同じ)。しかし、長谷部恭男教授は、その政府(内閣法制局)の有権解釈の手法は、誤りだと主張している。以下引用(篠田氏記事から)↓

−−−−−−

(出典:長谷部恭男「解説」岩波文庫『日本国憲法[2019年]所収、171頁)

国際紛争解決の手段としての戦争を禁止する不戦条約の文言を受けた日本国憲法九条一項も、同じ趣旨の条文であり、禁止の対象を武力による威嚇と武力の行使へと文言上も明確に拡大したものである。「戦力(war potential)」の保持を禁じずる二項前段も、「決闘」としての戦争を遂行する能力の保持を禁ずるものと理解するのが素直であるし…、「国の交戦権」を否定する二項後段も、政府が一九四五年以来、一貫して有権解釈として主張してきたような、交戦国に認められる諸権利の否定ではなく、紛争解決の手段として戦争に訴える権利(正当原因)はおよそ存在しない、という趣旨に受け取る方が筋が通るであろう。一項と二項を分断した上で「戦力」「交戦権」など個別の概念に分解して解釈する手法は、条文全体の趣旨を分かりにくくする。< (引用終り)

−−−−−−

二(リンク先篠田教授記事の要約)
詳しくは、リンク先のアゴラ記事を読んで欲しい。管理者Gが、その篠田氏記事の要約を試みると、第1項は、国際紛争を解決する手段としての戦争と武力の行使を禁じた。しかし、従来からの憲法学通説といわれるものは、第2項の「戦力の不保持」と「交戦権の否認」で、自衛権の行使もできないとしている(上記引用文最後のところの”一項と二項を分断して”解釈する手法)。
政府の有権解釈も、この説明を前提に修正して解釈・運用している。しかし、長谷部教授は、この解釈手法に異論を投じている。それが上記引用文だ。もともと筆者の篠田氏は、第1項で自衛権の行使を禁じたわけではないので、第2項の「戦力の不保持」も「交戦権の否認」も、自衛権の行使に際しては適用がないとする立場だった。有力憲法学者の長谷部教授の学説が、従来から篠田氏が主張していた学説と(結果的に)一致したのだ。そのことについて篠田氏は、皮肉を込めて驚いているという記事です。

【外部リンク】
1 アゴラ 篠田英朗「長谷部恭男教授は、いつから「War Potential」を語り始めたのか」 

【関連前記事】
1 <憲法 交戦権は否定されているのか?>

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
Gくん様らしいテーマですね。

日本国憲法第9条はパリ不戦条約のパクリ条文であり、同じ条文を採用して”侵略戦争を否定”している国は他にもありますが自衛権まで否定するものではありません。よって日本だけが自衛戦力までも否定しているという解釈は国際標準から外れていることになります。
一方、英文の原文の9条は、制定当時のGHQは本気で日本を無抵抗にしようと自衛の戦力も禁止するものでした。しかし朝鮮戦争が勃発し、GHQの意図は「自衛しろ」に変わります。このあたりの意図の変遷があるので条文の字面だけ見ていると自衛権まで否定しているように読めるのがややこしいところです。
会社員(30)
2019/04/13 20:07
会社員(30)さん!!コメントありがとうございます。このテーマは、モリカケとともにずっと追いかけているテーマですw

憲法の全条文中”第9条”だけは、憲法学者はシロウト、専門家ではないと考えています。国際法と安全保障の研究はしていないからです。条文の文理解釈だけではなく、その分野の見解も参照しなければならないと考えています。本文の篠田氏は、その点からGが特に注目している学者の一人です。上記本文二の要約では、リンク先記事のオチを書きませんでした(長谷部教授は剽窃)。篠田氏も、なかなか手厳しいw 

会社員(30)さんの後段、そうなんです。それを「2項全面放棄説」というのです(→前記事1※1)が、昭和21年の制憲議会で吉田茂首相も、”自衛権も否定する答弁”をしているんですね。その後変遷があって、自衛権は否定されていないことになったのは、ご指摘のとおりです。憲法(特に国の安全保障の9条)の真意を説明するのも、学者・研究者の仕事だと思うんですね。その点、篠田氏はいい仕事をしていると思います。
管理者Gくん
2019/04/14 07:14

コメントする help

ニックネーム
本 文
憲法 長谷部恭男教授VS篠田英朗教授 GくんBlog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる